漂流おじさん(諸井清二)の現在や遭難した原因は?妻や日誌も気になる!

皆さん漂流おじさんこと

諸井清二さんをご存知ですか?

92日間太平洋に遭難し、漂流したにも関わらず、

奇跡的に生還された方なんです。

漂流おじさん(諸井清二)がなぜ漂流したのか、

や遭難した時の航海日誌が気になったので調べてみました。

Sponsored Link


漂流おじさん(諸井清二)とは?

漂流おじさんの本名は諸井清二さんと言います。

大阪市茨木市在住で、農業をされながら、

ヨットを趣味にされていました。

ここまでは別に有名人でもなくごく普通の方です。

諸井清二さんが漂流おじさんとして有名になった理由は、

名前の通り『漂流した』からなんです。

しかも92日間の長い期間の漂流で、

普通の人なら絶対に助からない大遭難の末、

奇跡的に助かったんです!

すごいですよね~約3か月海上を漂っていたんですよ!

このエピソードが原因で、

諸井清二さんを『漂流おじさん』として有名にさせました。

漂流おじさん(諸井清二)が漂流した原因は?

漂流おじさん(諸井清二)は

なぜ遭難したのでしょうか?

漂流おじさん(諸井清二)は当時、

環太平洋ヨットレース』に出場するため、

1994年(平成6年)愛用のヨットである

『酒呑童子号』に乗り込み、

兵庫県西宮港を出発しました。

ヨットの名前からわかるように、

漂流おじさん(諸井清二)はお酒が大好きだったんでしょうね~w

環太平洋ヨットレースとは、関西国際空港を世界にアピールし、

国際交流の促進を目的としたイベントで、

太平洋沿岸都市の「ロサンゼルス」「ブリスベン」「上海」

「釜山」「ウラジオストク」の5都市 からエントリーがありました。

参加艇数97艇のうち、93艇が無事ゴールしました。

漂流おじさん(諸井清二)もエントリーし、

ロサンゼルスを目指し、太平洋を横断していました。

しかし航海中に大しけに逢い、ヨットが破損

マストが折れ、舵が取れない状況だったんです。

その後ヨットの破損により航海ができなくなり、

92日間太平洋で漂流することとなります。

その際、無線での連絡も取れず、助けも呼べない状況だったとか。

まさに八方ふさがりで、天に祈るしかない状況ですよね・・・

漂流おじさん(諸井清二)の航海日誌とは?

漂流おじさん(諸井清二)は

平成6年3月8日に遭難し漂流したあと、

揺れる心を航海日誌に書きとめていました。

以下引用です。

3月8日 航行不能となる。

3月13日 東から西へ船が一隻。煙突が黄色い貨物船。

      合図をしたが反応なし。

4月27日「何もかも残り少なく不安かな」

      「助けてと合図をすれどノーアンサー」

4月30日「助け船まだ来ぬ先から乗る準備」

      「いま天気どこまで続くわが命」

5月2日 雨。「叫べどもこたえてくれないアホウドリ」

      貨物船、また行ってしまった。10隻目。

5月3日 霧。食料は6月中は何とかなりそう。霧晴れるが、曇り空。

      「漂流も2ヵ月たつと歌も出ず」

5月15日 69日目。晴れ。どこまでも希望を捨てずに。

       最後にチャンスが来るかもしれない。

6月2日 87日目。雨。八方ふさがり。

どうすればよいか分からない。もうこれ以上進めない。

       人間は過去を振り返ることはできても、

過去に戻ることはできない。

       さすがに20日間、一隻の船もいないと、あせりが出てくる。

       天候もいっこうに回復しそうにないし。

このまま助からないように思えてくる。

6月4日 行方不明のまま、帰れないかもしれないと

      思いだした。頑張れ清二。

6月7日 92日目。晴れ。

青い空。白い雲。

光り輝く水平線の中から、

一隻の船が。

      迷い子になったわが子を見つけた母親の

 ように汽笛を鳴らしながら、

  一直線にこちらへやってきた。

    そして、静かに私の横に止まった。

出典:人生の漂流者/諸井清二

とても生々しい声ですね~・・・

見渡す限り全面が海の、とても絶望的な状況でも、

諦めずに生還するんだと微かな希望でも諦めずに、

この日誌に思いを綴っていたのでしょうね!

すごい精神力だと思います。

92日目に船が自分を見つけてくれたときは

ほんとに諦めなくてよかったと思ったでしょうね!

天も漂流おじさん(諸井清二)を見放しておらず、

助かるべくして助かったんでしょうね!

ほんとにスゴイ精神力です。

食料は緊急時に備えて、長期保存できるモノ

事前に準備していたみたいです。

この準備もあって92日間も漂流できたんでしょうね~

この航海日誌は本としても出版されています。

題名は『九十二日目の天国―酒呑童子号の太平洋漂流日誌

Amazonで見てみると、現在は中古品しか売ってなく、

約12,000円します。

少し高いので、電子書籍化とかしてほしいですよね~

図書館などで見かけた場合は是非読みたいと思いました!

Sponsored Link

漂流おじさん(諸井清二)の妻は?

漂流おじさん(諸井清二)には奥さんがいて

名前は千恵子さんとおっしゃいます。

千恵子さんは当時、さぞ心配してたでしょうね・・・

普通3か月も連絡とっれなかったら

最悪の事態まで想定しますよね。

しかし妻の千恵子さんにはこのようなエピソードがあります。

遭難した5月に千恵子さんは夫の夢を見ます。

なんと夫が帰ってくると言っている夢でした。

6月7日に帰るぞ。』

と夢の中で伝える諸井清二さん。

当然夢なので、現実ではまだ夫は帰ってきておらず。

しかし6月7日に帰るという奇跡を信じながら

無事を祈っていました

その甲斐あってか、漂流おじさん(諸井清二)は

6月7日に韓国の船から救助され、

無事に陸地に戻ることが出来たんです。

すごいエピソードですよね~!

妻の千恵子さんも驚いたでしょうが、

心の中では希望を持って諦めていなかったんだと思います。

再会した時はほんとに嬉しかったでしょうね!!

漂流おじさん(諸井清二)の現在は?

漂流おじさんの現在が気になったので調べてみました。

もともと農業を生業としていた

漂流おじさん(諸井清二)は、生還後、妻と沖縄へ移住

コーヒー農園を営んでいたみたいです。

最新の情報はSNSで調べたり、2chなど

見てみましたけど確かな情報はありませんでした。

しかし、2006年に書かれたブログには

4年前に諸井夫妻のコーヒー農園を見せてもらい』とあったので、

2002年までは確実にコーヒー農園を営んでおられたんでしょう。

遭難当時の1994年に漂流おじさん(諸井清二)は56歳だったので、

2002年は64歳、現在は79歳ととても高齢なため、

コーヒー農園は引退されている可能性が高いですね。

現在もご存命で3月23日(木)放送の

『衝撃のアノ人に会ってみた!』に出演されますよ!

その中で現在の様子が紹介されるでしょうね~

漂流おじさん(諸井清二)は遭難後、

「遭難は命綱のハーネス(転落防止用ベルト)の欠陥が原因」として、

ボート製造会社と販売会社に

計約1,860万円の損害賠償を求めた訴訟を起こし、

和解金800万円を支払うことで和解が成立しています。

その裁判後沖縄に移住されました。

奥さんと沖縄の豊な自然で第二の人生

すこやかに過ごすための移住だったんでしょうね!

漂流して命の尊さがわかったからこそ、

余生を大事に過ごされたんでしょうね!

まとめ

漂流おじさん(諸井清二)は大しけのため、太平洋沖で遭難

92日間漂流の末、奇跡的に生還された。

漂流中に書いた日誌が本になり

九十二日目の天国―酒呑童子号の太平洋漂流日誌

という題名で出版されている。

生還後は千恵子さんと沖縄へ移住し、コーヒー農園を営む。

2002年ごろまでは農園を営まれていたが、

現在の状況は不明

3月23日(木)放送の

衝撃のアノ人に会ってみた!』に出演されるので、

そのときに近況がわかる可能性が高い。

以上、漂流おじさん(諸井清二)の話題でした!

それでは~

Sponsored Link

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • LINEで送る

関連記事

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

カテゴリー